まずは根

 

 

 

 

 

 

この1週間の中、

 

 

人生で1、2を争うショッキングなことがあった。

 

 

最近は「大丈夫」と言われることがつらい。

 

 

カウンセラーの先生が客観的に話を聞いてくれるのが、心の支えになっている。

 

ーーー

 

大学の教職の授業は ほとんどがディベートだった。

 

 

 

その中でも印象に残っているディベートがある。

 

 

 

「子どもの思考(?)に教育は影響するか」

 

 

みたいな内容(印象に残っている、とは)

 

 

私は大学生の時、「教育が人格形成の全てだ」くらいに思っていた。

 

 

それくらい「教育」に期待していた。【何か変えられるんじゃないか。】

 

 

その時の私はまだ「私」を知らなかった。

 

 

どれだけ「根」が深いのか。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

私は小学生の頃から親が「大好き」ではなかった。「愛」もよく分からなかった。

 

 

 

母には「理想の娘像」があったし、

 

父はあまり私に興味がなかった。

 

 

今になって

「ありがたいなぁ」と思うことはある。

 

 

でも高校生になるまでは親の愛情がわからなかった。

 

 

 

なぜ分からないのか。自分が未熟だからなのか、傲慢だからか、多分そうだと思う。

 

 

 

私の育った家庭は自由だった。

両親から「勉強しろ」と言われたことはない。

 

母はよく、「働かざるもの食うべからず」と言っていた。

 

 

特に父がリストラされてからは、よく食べる父に腹を立てていた。

 

 

 

だから、私に押し付けられていたわけではなかった。

 

 

ーー

 

中学生の頃から数学がさっぱりわからなくなって、学校が嫌になった。

 

 

母は毎日ご飯を作ってくれていた。

 

 

それがとても嫌だった。

 

 

「私は何もしていないから、もうご飯は作らないで。」と言って拒否したこともあったが、

 

 

それでも毎日ご飯を作ってくれた。

 

 

食べるしかなかった。

 

 

心底つらかった。

 

 

 

この状況がとても贅沢なことだというのは、今の自分でも、当時の自分もわかっている。

 

 

でもなぜか、つらくて、こわかった。

 

 

 

ーー

 

 

家族全員で夕飯を食べていたのは小学生までだったと思う。

 

 

 

習い事、塾、仕事…バラバラの生活が始まり、リビングでご飯を食べなくても良くなった。

 

 

 

今でも「ちょっとあの時はおかしかったな」と思うのが中学2年の時

 

 

 

夕飯を自室に持っていって、映画「SAW6」を観ながら食べた。

 

 

母が借りてきた海外ホラー映画と、バイオレンスなアニメにハマってしまい、完全に中二病

 

 

 

勇気が湧いてきたら安全ピンを炙ってピアスを開ける。

 

 

そういうちょっとおかしな日々が続いた。

 

 

そんな日々の中で、

 

ピアスを開けては放置し、開けては放置し、という私に怖い先輩が

 

 

「もったいなーい。せっかく開けたのに塞がるやん。」

 

 

と話しかけてきたときに、

 

 

私はどっちかというと【耳に穴を開ける】ことが目的なのか…と気づいた。

 

 

 

 

ーー

 

 

小学校の頃、よくまぶたをひっくり返す友人がいた。

 

 

私はあれがあまり好きではない。

 

 

【こわっ】と思うから。

 

 

一緒の中学に上がった。

 

 

 

私が遅刻して登校した時、下駄箱にその友人が座っていた。

 

 

 

 

三角座り。膝をハサミで切っていた。

 

 

 

【こわっ】

 

 

 

私の、その友人の記憶はそれで最後。

 

 

 

 

私のピアスなんてなんのことはなかった。

 

 

 

あれ以上の痛みは無いと思う。

 

 

 

「私の抵抗 私のつらさ そんなものはちっぽけだ」

 

 

 

そんなことを実感する、非常につらい中学2年生だった。

普通じゃ無かった

 

泣きすぎて

 

もはや何に対して泣いてるのかも

 

よくわからなくなってきた

 

 

今、記録しておく。

 

 

 

気づいたことがある。

 

 

 

1、みんな我慢して生きてると思ってたけどそうじゃないみたい

 

 

2、みんな「死にたいな」という感情とうまく付き合ってると思ってたけどそうじゃないみたい

 

 

3、「朝が来るの嫌だな」ってみんな思ってると思ってたけどそうじゃないみたい

 

 

 

もちろん、そういう人もそういう時もあるけど、でも「いつもそう」みたいな人は全員じゃないみたい。

 

 

 

 

私も常に死にたいと思っているわけではない。

 

 

生徒指導しているときに、「あー死にたい」とは思わない。

 

 

 

しかも本当に死ぬわけではない

 

 

 

痛いのは嫌。でも死にたい。

 

 

 

死にたいというより、消えたい。

 

 

 

 

でも生きてる。

 

 

この矛盾は割と共感してもらえるものと思ってたけど、違うらしい。

 

 

 

「自分は耐えられない人間」と思って生きてきた。

 

 

 

中学生の頃くらいから。

 

 

 

「朝、起きたくない、、という気持ちが抑えられない」

 

 

「教室の【シーン】に耐えられない」

 

 

「空腹になると吐き気がして耐えられない」

 

 

「ずっとお腹がグルグル言ってて恥ずかしくて耐えられない」

 

 

「怒られることに耐えられない」

 

 

 

弱い。脆い。下級。

 

 

もうやめ

矛盾と付き合う

 

9月か10月くらいに発達障害の診断を受けて、

 

そのとき、ざっくりと心理検査の結果を聞いた。特に印象に残っていたのが、「あなたは自分自身の評価について矛盾が多い」みたいなことを言われたこと。

 

「通常、ここが【YES】だったらこれも【YES】になるんですよね。でもあなたはここでは【YES】なんですが、これは【NO】なんですよね。」みたいなことを言われた。

 

 

そうそう、たしかにそうなんですよね。心当たりはあった。なんか誰かにも言われたような気がする。

 

 

理由とか聞かれなかったけど、

たぶん【いい格好したい】ということなんだと思う。いや、本当に恥ずかしいのです。これを無意識でやってるなんて。

 

 

その、私のものさしが何を基準にしているのかは全く分からないのですが、ちぐはぐなので矛盾が起きる。中途半端な感じになっている。

 

 

 

やめろよ!まじで!笑

 

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【1】

高校生の時、親に大学進学を反対されたりして

「あ!無駄やった!人生!」と思って

衝動で

(幼少期〜中学の卒業)アルバムの自分の顔をズタズタにしてしまったり

モノを捨てたり

何度か自殺未遂をした。

 

【2】

大学に入って、勉強を始めて、自分の無能さに愕然とした。と、同時に今までの人生や発言が恥ずかしくなってきて、思い出のモノを全部ゴミにしようとしてゴミ袋に入れて部屋の前に置いていたら、私の知らないところで母がそっと片付けてくれていた。

 

【3】

言葉が出にくくなった。

でも、「慎重なのはいいこと」と言われるので、複雑な気持ち。

 

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矛盾

 

女らしさを出せば親は喜ぶのに、喜んで欲しいと思いつつ、女らしい見た目になれなかった自分。

 

 

怒られたくなかったし勉強を頑張りたかったけど頑張れなかった自分。

 

 

勉強が好きじゃないのに「学校の先生」になると決めてしまった自分。

 

 

断りたくないのに断る自分。断りたいのに断れない自分。

 

 

精神科の先生に「薬飲んでますか」と聞かれて、「まず処方箋にも行けてません」と言わずに「はい、でも元気なのですごく余ってます」と言う自分。

 

 

 

死にたいのに生きている自分。

 

 

 

 

なんなんだろう。全く分からない。こんなことを書いて何になるのかも。

 

 

理解できません。自分が。

 

 

3日間の腹痛生活を乗り越えた

 

 

いろいろな出来事を紙に書くときがあります。

最初の方は「こんなことがあった、あんなことがあった」と書くのですが、最後の方には「〜なのに!」とか「なぜ〜なんだ!」とか、

字も雑になって半泣きになって終わるという。

 

すごくシュールな…。

 

歌詞を書くときは逆で、超ネガティブ、「私はゴミ…」みたいな感情から書き始めても、

最終的に、「あれ、なんかこれアップテンポなやつなの?」みたいな着地をするという。

 

 

自分のことを考えてるとき、あとは広がるしかないのかな。逆に、社会のことを考えるとき、だんだん自分にピントが合ってきてしまう、みたいな。

 

 

うわぁぁあ。

 

自分が無意識で考えてることを意識して考えてみると(日本語おかしいかも)、脳みそに虫がわいたような気持ち悪さを感じます。私だけでしょうか。

 

 

この気持ち悪さは嫌いなんですが、どうしても、なにをしてても【自分の考えていることを考えてしまう】というのが癖です。

 

 

今日は【自分の考えていることを考えてしまう】について書き留めておきます。

 

 

・発想

・物忘れ

・発想

・物忘れ

1人でいる時は大体これを繰り返しています。

 

※ただしゲームをしていると思考は完全にゲームに持っていかれてしまう。

 

言葉にするのが難しいですが、何かしながら仕事のイメトレをやってる感覚です。

 

朝の支度中と、お風呂、電車、歩いている時は起きながら夢をみているような感覚にもなります。

 

私的にこの時間は超楽しいです。

なんというか、超理想的で、超論理的な超ハイスペック自分になれた気がするからです。(クスリやってません。)

 

 

 

なので、このハイスペタイムの自分の考えをメモに書いて覚えようとしたことがあります。中学生〜高校生くらいの時。

 

 

でもすぐ忘れる。

 

 

メモ書こう!紙出して!ペン持って!忘れる…。

 

 

「あれ、私、何を書こうとしていたんだっけな」

 

 

さっきまでフル回転シャキシャキだった脳が突然スロウ…停止。

 

 

(ああ、北斗神拳の伝承者だったら、こんなときに、残りの70%の力を引き出せるのかなぁ。)

 

 

 

友人と話していても、自分でも思いもよらない視点がポンポンポンポン出てきたりすることがあります。私が急に饒舌になったらそのモードです。

 

急に自分の範疇、知識になかったことがアワワッと出てくる、超短時間でそれをつなぎ合わせる、という処理をしています。

 

逆に1つのことにひっかかってしまうと、なかなかそこから抜け出せない、ということもあります。

 

自分の発想が跳躍したら饒舌になり、引っ掛かったら動かない。そんなモンスターなのです。

 

 

高校の情報の先生が、「この問題が分からんやつ、何のためにスマホ持ってんねん」と言ってくれたこと、誰かの歌詞で、「自分が悩んでいることは何百年も前に誰かが悩んでたこと」みたいな言葉を見つけてからは、引っかかったことはすぐさまネットや本で調べるという知恵が身につきました。

 

 

さあ、何の話でしたっけ。

 

 

 

自分の考えていることを、考える

 

 

 

私にとって、私の思考がなにより突拍子もない出来事を起こします。

 

もう少しゆっくり、シャボン玉を膨らますようにアイデアが浮かべば、ちゃんと処理できるのに。今の自分はボールペンで自分の考えはインクみたいなものです。私はインクを持ってるけど、何を書いているのかわからない。

いつか枯渇するのも怖い。

 

 

 

ペンを握っているのは誰?

 

 

 

外に出なければならない

 

年末年始の失敗記録(てへぺろ

 

 

 

 

1月6日からの仕事に遅れずに行くためには、

4日から体を慣らさないといけない、と思っていた。

 

 

思うだけだと行動にうつせない私なので、

12月26日、職場の机の上には、1月4日にやることを書いたノートを置いてきた。

 

 

だから

4日には生活リズムを整えようと「思っていた」。

 

 

 

 

 

晦日

スーパーに行かなきゃ、と思ったけど、行けなかった。深夜3時ごろ寝た。

 

元旦

スーパーに行きたかったけど、ウーバーイーツを頼んだ。そのあと、コンビニに行った。朝の5時に寝た。

 

2日

朝9時に起きた。二度寝すると体調が悪くなるから本当はしたくないけどしてしまった。お昼に起きて、今日ももう一度コンビニまで行こうと思ったけどやめてしまった。

15時ごろウーバーイーツを頼んだ。

朝の4時ごろには寝たと思う。悪夢を見た。

 

3日

何度か起きながら、最終的に布団から出れたのは14時だった。トイレに行きたくならなかったら、ずっとそのままだった。寝過ぎで頭がガンガンした。でも寝たかった。

カーテンを開けるのも億劫だったから開けなかった。

外にも出なかった。冷凍のピラフを半分食べた。夜はカップ麺…麺がまずくて汁だけ飲んだ。

 

 

朝が来てしまった。

 

 

 

 

 

朝が来ることが嫌すぎて泣く。子どもみたいだけど、子供の頃はそんな理由で泣かなかった。

 

 

このまま3学期が始まったら授業が崩壊する。12月26日から毎日そのことを考えてるのに、全然行動に移せなくて、逃げてばっかり。

 

 

 

お正月、「ひとりで怠ける」という天国のような地獄から抜け出せなくなった。

 

 

 

逃げるな、言い訳するな、自分。(てへぺろ

 

今辛いこと

 

 

・断れないこと

 

 

・朝起きること

 

 

・仕事に向かう時間(ドキドキするから)

 

 

・同僚が近づいてきたり、触ってきたり、食べている時に話しかけてきたりすること(私自身が極端に苦手、パーソナルスペースが広い)

 

 

・設定された時間内に終わらない会議や話

 

 

・急なことじゃないのに、急なことのように言ってくる人

 

 

・誰も何もしないのに、報告や共有をしなければならないこと

 

 

・注意されずに回りくどく伝えてくること

 

 

・ルールがないのに、間違っていると言われること

 

 

・なんの話をしても、「いや、」から返事が始まる人

 

 

・なんの話をしても、「逆に言えば」と、答えではなく、別な式が返ってくる人

 

 

・質問をしたら答えではなく自分語りが返ってくること

 

 

・ミスを笑う人

 

 

・前もって聞いても教えてはくれないけど、終わった後からどんどん否定が出てくる人

 

 

・自分は偉いと思っている人

 

 

・ものさしが「勤続年数」の人

 

 

・現状に文句ばかり言ってるので新しいアイデアを出すと「前例がない」と文句を言う人

 

 

・仕事しない人

 

 

・何もできない自分

なんとも言えない思いについて

 

 

こんにちは。

 

 

以前発達障害の診断を受けたことをブログに載せました。

 

 

その後、いろいろな場面でのつまずきが、ストンと自分の中で落とし込めるようになってきました。

 

 

でもやっぱり、私は「教育」にあまり向いてないのかなというか、追いつけないのかな、というのが本音です。

 

 

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大学生の時、ある中学校の支援学級でアルバイトをしていました。

 

 

問題行動をよく起こす男の子がいました。

 

 

その子がある日、学級の中で後輩に、

 

「俺たちは普通じゃないねん。高校も支援やろうな。普通のところに行けるか分からん。いじめられるだけやし。社会出たら「ガイジ」って言われるんやで。」

 

 

この時の気持ちは本当に、言葉にできないです。なんともいえない。

 

 

そこにいる子供たちのことは大好き(たまにイラっとするけど)だったし、うん。

 

 

 

だけど、妙に納得してしまった。

 

 

 

「その予測は間違ってる!」って言えなかったです。

 

 

 

その子は淡々と話していました。

 

 

わいわい毎日思いっきり楽しんだり悲しんだりそういう起伏の激しい後輩たちに、「現実」を語っていたのでしょうか。

 

 

 

後輩たちは静かに話を聞いてから、「あ、そういえば小学校の時〇〇くんが「ガイジ」って言ってたけど、「ガイジ」って、何!?」とか、

「ふーん。な!卓球しよ〜!」とか言って散らばったりくっついたりしていました。

 

 

 

私は教室の真ん中にある大きーい机の端の方でぼーっとその様子を眺めていました。

 

 

 

そこに介入する勇気も、気力も、瞬発力もなかった。

 

 

 

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おわり